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スカイ・クロラ (中公文庫)
 子どもたちが戦闘機に乗り、人を殺す。物語自体現実なのか、主人公の夢なのか、この「スカイクロラ」だけでは分かりにくい。続編も読む必要があるのだろう。

 無駄のない言葉、戦闘用語などもあるが説明がシンプル。限りなく言葉の使い方を工夫している作品。

 

ナ・バ・テア (中公文庫)
『ナ・バ・テア』を読んでいて、途端にあることが判らなくなった。

彼らが言うところの、「大人」や「子供」とは何だろうか。何年ぶりかに会った親族に言われた「大人になったね。」という言葉みたいに、それは自分を子供とみて発したものなのか、額面どおり大人に発したものなのか、考えてみると判然としない。そんなどこか飲み込み難い違和感を、同じように、本作中の「大人」と「子供」という言葉にも覚えた。

原因は、おそらく「キルドレ」という概念にあるのだと思う。しかし、何を拒めば子供のままでいられるのか、何を受け入れれば大人になれるのか、現実世界でもそんなにはっきりとしたものだろうか。

「あの人は大人だ。」とか「お前は、まだ子供だな。」といった言葉を聞くたびに、そうだよな、と一旦は飲み込むものの、何を基準にそう判断しているのかは判らない。

メディアで、「働かない20代・30代」や「罪を犯した20代・30代」のことを、「いつまでも子供のままだ。」と言ったり、「ゲーム世代」とか言うことで非難する「自称大人」は、ただ単に、自分とは違う存在とみなしたいがゆえに、あまりに安易に「子供」という言葉を使ってはいないか。

「無責任な大人」と「責任感のある子供」に決定的な違いがあるとすれば、それは年齢でしかないのではないか。「無責任な大人」を「子供」とみなすことで自分の世界から排除する「自称大人」は、明確に「大人」と割り切れるものなど存在しないということを認めることで、罪を犯す者もまた、自分と同じ存在であると認めることになるということを恐れているのかもしれない。

果たして、「大人」と「子供」の境界線が曖昧になったところで、いま一度『ナ・バ・テア』を読むとき、草薙が拒む大人とは何か、子供のままでいるとはどういうことか、新しい視点が生まれるはずである。

この本を読む人は、作者の仕掛けた罠によって、一度自分の内にある先入観に囚われる。しかし、先に述べた新たな視点で、もう一度これを読み返すことで、その罠から解放されるだろう。しかし、その「解放」もまた作者の仕掛けた罠なのかもしれない。

「解放・開放」された先には、「孤独」が待っているかもしれない。それは、草薙にも、死んでいった人間(キルドレ)にも当て嵌まる。『ナ・バ・テア』。題名に込められた意味を考えたとき、ふと、得体の知れない感情が産まれた気がした。

 

カウントダウン・オブ・「スカイ・クロラ」count.3 [DVD]
ポーランドのロケハン映像、スタッフの皆さんが、とても楽しげで面白かったです。
オマケで付いてる「キャラクターシール」も、大変ウケました。可愛い〜!

映画本編DVDのオマケとして、メイキング映像が付くのは最近当たり前のことですが、
映画が出来る前に、作ってる途中を自然な形で(派手な演出をせずに)
同行してるような視線で見せてもらえる体験、というのは面白いなと思います。
監督の過去作品のファンの方や、
単に、1つのアニメ作品として興味を持っている方、
「映画館で見るまでの前情報は欲しくない、
原作も読まないし、完成された映画だけを、真っ白な状態で見たいんだ!」
…という方には、当然ですが全く楽しくないと思います。
けれど、
原作を先に知っていて、もともと原作の方が好きで、
今回、たまたま押井監督に映画化されることを知った方、
映画作りの追体験をしたい方には、すんごく楽しめると思います。

 

森博嗣 動画

安部吉俊サイン会&森博嗣トークショーのレポ 第92回 はつゆきラジオ




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